ポスト・ユビキタス社会への提言(2−下)
慶応義塾大学大学院政策メディア研究科 助教授 渡邊朗子氏
[2007/03/22]
オフィスワーカーの生産性と創造性は、オフィス空間のあり方と密接な関係があると考えられ、空間設計やIT分野の専門家によって、長年、研究されてきたテーマであった。
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 渡邊朗子助教授は、ユビキタス時代にあって、知的創造性を活性化させるオフィス空間、居住空間を創り上げるためには、4つの条件が必要と指摘する。
第2回では、ユビキタス時代のオフィス空間のあり方について聞いた。
問:空間知能化、空間生命化が推し進められるユビキタス社会において、ビジネスやオフィス空間のあり方はどのように変っていくでしょうか。
ユビキタス社会においては、オフィス空間や働き方の定義が大きく変るかもしれません。私自身、ノートパソコンにPHSの通信カードを差し込んで、モバイラーとして仕事をしています。必要なデータをパソコンとともに持ち歩いているので、訪問先や移動中の車中、また、時には、休憩中のカフェが、そのままオフィスになります。仕事の空間、生活の空間の区分けができなくなるというのが、ユビキタス時代の特徴です。SFCのキャンパスでは、どこでも高速無線LANに繋げられる環境になっていますが、あと数年も経てば、同じ環境が、移動中であっても保証されることになるでしょう。今、使っているPHSカードも次世代型では、20Mbpsのスピードを出せると聞いています。
 東京21cクラブ オフィス空間(設計:渡邊朗子、撮影:堀内広治)
オフィス空間の設計においては、昔から「ホワイト・カラーの生産性をいかに向上させるか」が課題になっています。その解として、これまでは「いかに偶発的なコミュニケーションを発生させるか」ということが焦点でした。そうした観点から、オフィスの中に人々が自然と交流できる大きなオープンスペースや、共同作業のできるテーブルなどがある空間を設計しました。今、関心をもっているのは、オフィスワーカーの創造性を喚起する空間とはどんなものだろうという問題です。
誰しも経験があると思うのですが、良いアイデアというのは、時間や空間が特定された会議などより、デスクを離れた所での同僚や仲間とのちょっとした会話、スモールトークの中から生まれてくる場合が多いですね。オフィス空間の中で、そうしたインフォーマルな会話が交わされる空間というのが、実は創造的なアイデアが生まれる場になっているのではないかという仮説を持っています。
そこで、具体的なプロジェクトとして、「コピー・キッチン」という空間を現在企画中です。80〜90年代前半までコピー機室や給湯室は、バック・ヤードであると考えられていました。しかし、このバック・ヤードこそが、皆が頻繁に立ち寄る場所であり、コピーやお茶を入れに行った際、たまたま一緒になった人と立ち話をするなどして、偶発的にコミュニケーションが生まれる場になっています。これらの空間をフロントに出すことで、コミュニケーションが生まれ、アイデアが閃いたり、創造性を刺激することを促進することが期待されます。コピー機やコーヒー・メーカー、スナック菓子ボックスなどを1つのカウンターに納めたコーナーを作り、そこでちょっとした会話がしやすいように設計してみました。
新丸の内ビル、日本創生ビレッジ内「コピーキッチン」(Open A 提供)
問:創造性を生み出す空間をつくりあげるためには、どんな条件が必要となるでしょうか?
創造性を刺激するような知的創造空間の条件として、私は以下の4つを提唱しています。他者との対話や意思決定を行なう「コミュニケーション」、深い思考を要するような作業に没頭できる「ファンタサイズ(没入する)」、知的財産やデータ・資料を蓄積する「アーカイブ」、そして仕事とは別の人間的な営み(生活や娯楽)をサポートする「タイヤレス(疲れない、飽きない)」といった機能を兼ね備えることです。
最初の3つ、「コミュニケーション(交流する)」、「ファンタサイズ(没入する)」、「アーカイブ(蓄積する)」という機能は、実はコンピュータでもできる機能です。裏を返せば、オフィス空間がコンピュータと同様の機能を備えるということを意味します。最後の4つ目、「タイヤレス(疲れない、飽きない)」とは、具体的には、飲食したり、寝ころがることができるなどの機能です。
知的活動を支援する具体的例として、三鷹ネットワーク大学において、「学習する会議室」という会議室を設計しました。マイク、ビデオ、ホワイトボードを組み合わせて、会議の内容を自動的に、データベースに記録することができます(アーカイブ)。また、会議を活性化する手段として、時計の代わりに、LEDライトを用いています。壁にLEDライトによる1本の光の軸が映り、時間によって色が変化します。会議の出席者は、壁に映るライトの変化で時間の経過を知ることができます。ライトが点滅したら、「あと15分でまとめに入ろう」などのという促しの効果を生みます。
三鷹ネットワーク大学「学習する会議室」
問:こうした知的創造空間の4つの条件はオフィス空間だけに適用されるものでしょうか。
知的創造空間の4つの条件はオフィス空間に限った話ではなく、生活空間全体、もちろん住居にも当てはまります。従来、家は休む場でオフィスは仕事の場という役割分担がありました。しかし、ユビキタス時代になってネットワーク・インフラが整備されることで、オフィスに限らず、どこでも仕事ができるようになりました。これから重要になるのは、ユビキタス・ネットワークを前提に「高度な情報ネットワークによって何をするか」、「何のためのユビキタスか」という、その次のフェイズに向けた問題意識を持つことです。別の言いかをすれば「ポスト・ユビキタス」への視点を持つということですが、そのためには、人間の側からネットワークに対して働きかけるインタラクション(相互作用)という概念が不可欠となります。この視点が無いまま、情報技術だけが先行すると、ネットワーク空間が監視空間に転化して、映画「マイノリティ・リポート」に描かれたようなネットワークによる監視社会がSFの世界ではなくて現実のものになってしまうでしょう。
u-Japan(ユビキタス・ジャパン)構想は、実現目標を2010年においていますが、現在、政府レベルでは、2025年までのビジョンを構想する「イノベーション25」というプロジェクトが進行中です。そのタスクフォースが編成され、私もワークショップに参加しましたが、2025年の日本でロボットが幅をきかせて、我が物顔でいるような、IT至上主義的なビジョンは描きたくないなと思っています。ポスト・ユビキタス社会は、まず人間にとってスマートなものであってほしいと願っています。
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